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江戸東京博物館

大好きなのです。
深川江戸資料館も大好きです。ビバ江戸ー

ゴールデンウィークということで、何もしないでごろごろしているのはやっぱりアレかな、という日本人の典型的な考えをしたところ、親とミニお江戸散策をしてきました。両国・浅草・銀座です。
おのぼりー★

江戸東京博物館、スゲー混んでた…
ただ今企画展で「シルクロード展」がやってて、たぶん企画展+常設展で入る人がほとんどだったろうと思うのですが、まぁそう時間もないしぶっちゃけ「なんでお江戸とシルクロードが…」みたいな気もするのでシルクロードのほうはパスしました。楼蘭遺跡には行ってみたいんですがねー(むちゃくちゃ綺麗な美少女のミイラが見つかったとこです。ステッキ)
前行った時は、日本橋のミニチュアやら浅草十二階の模型なんかに目を取られてうはうはしていましたが(その頃は江戸川亂歩の『押絵と旅する男』に夢中だったのです)、今回はもう言わずもがな、歌舞伎小屋の模型やら中村座の再現施設にキラッキラしてきました。
とくになかむら座、あまりのおのれのキラキラ具合に、「おわー私ほんとに中村屋が好きなんだな」とちょっと今更ながらびっくりしました。というか呆れました。まあ仕方がない。
『東海道四谷怪談』の芝居の仕掛けが見られるモニター(?)っぽいものがあって、とても興味深かったです。よく見えなかったけど。
『東海道四谷怪談』の提灯抜け(お岩さんが提灯から出てくる)は、初演(だっけ?)のとき毎日芝居小屋へ小さな提灯を取り寄せて、「あんな小さな提灯から人が出てくるんだとよ!?」ってな噂を立てて大繁盛、みたいな話があるそうです。勘九郎箱のアーカイブでダイジェストがはいってたんですが、「これが私の顔かいのぅ」と言って泣く勘九郎のお岩さんが凄く可哀想で仕方ない。いつかまたやんないかな…是非!!
展示の意図のうちではありましょうが、江戸時代から明治・大正へと、モダン~レトロ~素敵~みたいな感じでカラフルに時代は進んでいくのに、やはり大正期昭和期の日本の名残は白黒ですね。言わずもがな戦争は暗く、またうまくいえないのですが白黒のフィルムという記録媒体のそっけなさが、江戸明治大正期それまでの浮世絵や着物の華やかさと隔絶された感をだしていて、近代とは果たして江戸より華やかなのだろうか? と思いました。


せっかく両国にきたんだしー、とその後回向院をお参りしてきました。
回向院は、1657年、明暦の大火の起こった年に無縁仏を弔うために建てられたお寺です。
明暦の大火とゆーのは別名「振袖火事」とも言います。好きな人が着ていた着物を模して作った振袖を着ていたお嬢さんが若くして亡くなり、人手に渡ったその振袖を着たお嬢さんがまた亡くなり、とそんなことが続いたのでコリャ祟りだってんでその振袖を火にかけ弔おうとしたところ、あっという間に火のついた振袖が空へ舞い上がり、江戸中に広がる大火事になった、という。(こえー)
私なんかは宮部みゆきの時代小説でおなじみ「回向院の茂七♪回向院の茂七♪」という具合でおとずれたのでまったく気楽なもんでげす
そしたら、なんとまあ「鼠小僧次郎吉の墓」があってたいそうびっくりいたしました。わー三太!三太!(違う)
盗みはすれど仁義を守り、富めるを貪り貧しきを、救うは天下の~稲葉幸蔵~♪と呟いていたら今度は竹本義太夫さんたちのお墓もありました。南無。
それにしても、マンションの中でとつぜんぽかんと古びたお墓があったりするので、東京と言うのは面白い場所でございます。

その後浅草にでて、人の多さに辟易しつつトンカツとビールを喰らい
銀座に行ったらお神輿が見られず(くくぅ)五月初日の歌舞伎座を指をくわえて眺めてきました。つーかせっかくなんだから銀座ライオンに行けばよかった…
風薫る五月、まったくいい季節ですよ
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by lowoolong | 2005-05-05 04:16 | みものききもの

仮名手本忠臣蔵 五・六段  (DVD)

またもや勘九郎箱です

十二月大歌舞伎の勘九郎最後の演目・「今昔桃太郎」もこのDVDで見てみました。
たぶん私が見に行った日に録画されたのではないかと思うのですが(ビデオが入ってますといってたし)、同じ演目をナマと録画で見た感想は――やっぱり映像は、ナマで見たときの興奮にはおっつかないもんかもしれない。
アップで見れるのとかは大変いいんですがね、
「あああっそこのところの弥十郎さんが見てーんだよ!犬が!」とか
「そこは引きでみたいんだーっ」とか
…ううん、私はいろいろ映像として残っている舞台を見て、よかっただのそうでもないだの言ってますが結構たわけた行為なのかもなーと思わずにも無し
やっぱり、歌舞伎座などその劇場の独特の匂いや、緊張感や、役者が実際そこで動いてるという高揚感に、いくら進化してもデジタルがかなうもんじゃないのかもな


…とかいいながらDVDでみたこの「仮名手本忠臣蔵」五・六段

非常ーにおもしろかったです。三大歌舞伎である「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」は、竹田出雲・並木千柳・三好松洛の三人が一七四六~八年にかけて、ほぼ一年間隔で生み出した歌舞伎の名作です。一年間隔ってすっげー…天才だなその三人は
古典ものって難しいんじゃないかしらんとミーハーな私は考えていましたが
古典がなぜ古典として残ったか、といえばそれが作品として面白いからに他ならないのだと思いました。面白ければ残る。伝統というのはそういう合理的なもんなんでしょうね。

私は以前仮名手本忠臣蔵の絵本を買いました
あの絵本はもう戸無瀬と小浪ちゃん(歌舞伎に出てくる人の名前は可愛くて美しくていいですな)の絵がことに絶品だと思ったので、勘九郎がお石、玉三郎が戸無瀬、勘太郎が小浪をやった2000年(かな?)の八段目を見られなかったのが悔しいわいのくやしいわいのぅと手拭いを噛みそうな気分だったですがいやはや、
勘平・勘九郎、おかる・玉三郎、おかや・上村吉弥という
この五・六段目もすごかったよ…勘平……(泣)

討ち入りに加われず、妻おかるの地元で猟師として日々をすごす勘平。そんな勘平をなんとか出世させてやりたいと、おかるは勘平に内緒で身を売ってお金を作ってやろうとします。そのお金を京の店から家に持ってかえる途中、おかるの父・与市兵衛は盗賊に殺されてしまう。しめしめと盗賊がニヤついているのを、猪を狙っていた勘平の鉄砲玉がこれまた殺してしまいます。
雨の夜のこと、顔も分からないけど人が死んでいるのを知り、「たいへんなことをしてしまった」と慌てる勘平ですが、つい出来心で盗賊が持っていた金を思わず持って帰ってしまうのでした―ー


くーっ、うまくできた話ですねえ、そして役者によって全然味わいが違いそうなお話でもある。
「わしゃもういきますぞえ」「いってしまいますぞえ」
「律義者と思うていたに、婿殿は鬼よ、蛇よッ」
「色に…ふけった、ばっかりに」
勘平が、ぱん!と手を合わせたあとチョン!と柝が入って幕。カッコよすぎ…ていうか泣ける…
なんて可哀想な一家だろう、忠臣蔵という物語はやっぱり英雄譚ではなくて悲劇なんじゃないだろうか

この話のかわいそうなところは、余市兵衛を殺したと、「もしかしたら」などの予断もなしに勘平が思い込んでしまっているところでしょうね。
ふだんはきっとおとなしくて優しいお婆さんだろうおかやがめちゃくちゃに勘平をなじり倒して、最後の最後で「それは間違いだった」ってことに気付くことの残酷さとか、おかるが「ととさんは病持ちだから気をつけてあげてください」という台詞の重さがとても生々しい。
髷のくずれた白塗りの顔に、ぴしゃっと血のついた手を塗ることの陰惨さ。
連判状に名前が載るくらいで救われるような重さじゃないよ…(泣)

おかやの上村吉弥さんと、勘平の勘九郎は実に熱演でした。夏祭浪花鑑の団七とはまた違った苦悩。それにしても、こう度々勘九郎の演技ばっかり見ていて良く私はあきないなと思うよ
そして斧定九郎が予想外に超かっこ良かった。「五十両……」の台詞しかないくせに存在感が重い。
足にあんな細い縄を引っ掛けられて引っ張られて、ああー痛そうーと思った。大変だなあ、役者さんは(そんなところで感嘆するのもどうかと思う)
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by lowoolong | 2005-05-03 00:34