グロテスク ということ

最近感じた「グロテスク」なできごと。

わたしは相変わらずぐてぐて生きつつお芝居やステージを見にいったりしていまして
先日は「お笑い」を見に行きました。
初めて出会ったお笑いの舞台は、わたしのお目当ての芸人さん以外の方々も皆面白く
ステージと言うのは素敵だなあと思ってほくほくしたのですが、
その中で非常に不快な体験がありました。

歌舞伎座やその他観劇の舞台ではまず、お客が舞台の上の人に向かってアピールをするというのは珍しい気がするのですけども、まあアットホームな会場ということもありリクエストには手が挙がり声もかかり(わたしもしたさ)交流具合は2.0とはいわぬまでも1.4くらいはあったんじゃねえの、っていう感じでね。
あーなるほどほんとに舞台は生き物だと感じていました所、近くにいたジャリガキが、一際でかい声で芸人に言いました。
「帰っていいよ!死ね!」と。――多分、ウケ狙いで。目立つために。
ぎょっとしてそちらを向けば、かの子どもの隣には母親がいました。いさめるでもなく、それに笑って。

なんなのそれ?
友人に後日その話をしたところ、「お笑いは目立ってなんぼなのでは」といわれました。
さらに、なんなのそれ? です。

かのジャリガキは、そして親は、
彼が子どもだからそんなことを言えば更に目立ち、許されると思っているのか。相手が芸人だから、それは「弄り」であり「卑下」にはならぬと考えているのだろうか。
何を勘違いしてんだろう。
そんなカテゴライズで己を特別だと思っているような人間は、いずれ「金を払えばなにをしたってよかろうもん」とか考えるようになるのではないか。ぞっとする。そういう風に思うのでさえ、カテゴライズだとは思うけれど。

わたしはマナーやモラルというものは、聖人君子の潔癖ではなく、ただ単に他人を愛し尊重するための心得だと考えます。難しいものじゃあないけれど、だからこそ自分じゃ間違ってることに気付きづらいのかな、とも思う。性格と同じように、個人差だから。

だからわたし個人の考え方をのべましょう。
あの親子のしでかしたこと、それは侮辱だ。
笑いのプロの前で、素人がウケを狙おうとして過ちを犯すことを、わたしはどうしようもなく愚かだと思うのである。
恥を知れ、ばかもの。


あの子どもとその母親の得意げな顔は、最近稀に見るグロテスクなものでした。
舞台の上で、一瞬動きを止めた芸人の素の表情も。
笑いと言うのは、怖ろしいものです。
マナー・モラルが二の次で、あんなにセンスのない人を傷つける言葉が「笑い」の本質だというのなら、わたしは一生そんなものは分からなくてよい。
[PR]
by lowoolong | 2006-09-29 00:47 | 日暮
すてきケーキ >>