劇団山の手事情社「銀河鉄道の夜」

c0022251_2265660.jpg6月2日 東京芸術劇場小ホール

山の手!事情社!です
わたしは日本の小劇場界(?)のこととかさっぱり知らんのですが、11月のbeseto演劇祭でこんなにすげー人たちがいるんならなんかすっごいことができるんじゃないだろーか日本、とマジでビビった劇団です。ダンスなんだかお芝居なんだかなんなんだか…みたいな所がツボ。カッコいい。

今回は「銀河鉄道の夜」です
結論からすると以前見た「道成寺」の方が好きだったけど、
これもまたすごかったー!「銀河鉄道の夜」のひとつの解釈書を読んだような気分でした。

つーか、宮沢賢治って結構ボーダーな文学だなあ…とおもわずにもなし
子ども向けの文学者ではないよなあ、たぶん




さて舞台はというと

話はそのまま「銀河鉄道の夜」ですが
小説で言うところの「地の文」をしゃべる「文章」がいたりします。これ以上説明の仕様がない。
とくに凄いなあと思ったのがカムパネルラの扱われ方
カムパネルラは、それを専門として演じる役者がおらず、はじめにジョバンニの役者が二役としてやっている。「文章」と立ち位置や身を入れ替わることで、カムパネルラ/ジョバンニの会話が成立するのです。
それでなるほどカムパネルラ/ジョバンニなのかと思っていたら、今度はカムパネルラはジョバンニを離れ、途中で汽車へ乗ってくる「少女」(さそりの話をする人)へ荷担される。
「銀河鉄道の夜」はわたしはジョバンニとカムパネルラの物語だと思いますが、この書かれ方でカムパネルラは「圧倒的な不在」であると思った。本当はいないのに、関係性によってのみ「在る」という。

カムパネルラの圧倒的な不在はそのままラストにつながって、
ジョバンニはカムパネルラを宿していたことから一層、世界に一人取り残される感じ。
それにしても「銀河鉄道の夜」というのは、名フレーズの宝庫であることだ。
さそりの「ああ、どうして俺はこの身をいたちにくれてやらなかったろう」とか言うところで鳥肌が立った。あわわわわ

一月に吉祥寺シアターで三本立ての「Yamanote Fair」もあるらしーので
是非行きたいと思う。
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by lowoolong | 2005-06-04 22:06
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