徘徊老人ドン・キホーテ


高校の頃、所属していた文芸部で「アフォリズム」というのをやりました。
アフォリズムというのは「金言・警句」という意味であり、「悪魔の辞典」のピアスや「朱儒の言葉」の芥川竜之介なんかがやってます。「煙草を食べたら死ぬかしら」とかね。まあ一言で言えば毒舌キャッチコピーみたいな感じなんでしょうか。この文芸部に入りたいがために高校を決めちゃいましたが(いろいろ痛いなー)全く後悔してません。楽しかったなあ。
そのアフォリズムのなかで、もうビビビっときたのがありました。
「狂人とは自らを正しいと叫ぶ聖者である」
誰が作ったんだっけなあ。顔も知らない先輩かなあ。それとも元ネタがあったのかな?

しりあがり寿の「徘徊老人ドン・キホーテ」を読んで、久々にあのアフォリズムを思い出しました。
新聞紙で作った兜と剣呑な槍を持ち、ぼろぼろの着物を着た老人。
彼と彼の吐く言葉は、明らかな異分子である。耳を貸さず、指をさして笑い、ちょっと顔をしかめただけで通り過ぎていく人びと。
でも、本当はどっちが狂いか。
本当は、どっちが正しいことをいっているのか。
世の中を蔓延する、「なんとなく」な「しかたない」な「いやし」と「わらい」と「欲」のムード。
徘徊する、ボケた、狂いの、異分子の老人はその中で叫ぶ。
「人類の罪で自分の罪が浄化できるかー!!」
やばいです。ズキンときた。

「癒し」というのは、本来の意味はともかくも、いまの使われ方は気味が悪いですね。。「癒し系です☆」と自ら呼ばわる商品はなんとなくアテになんねーなと思う。癒しは悪いことじゃあないけれど、腐敗ともまた同種でしょう。
しりあがり寿は、やじきたで「腐敗の癒し」みたいのを上手に描くなあとおもってたけど、こういう「告発する毒」っていうのもまたガンガンに凄いなあ。痛快。(なるほど「痛くて快い」だわ)
しりあがり寿は漫画というツールと「ドンキホーテ」という中世気狂い老人と、現代の「徘徊老人」をホントにうまいこと使うなー。はまりすぎてて憎たらしいくらいです。
二束三文だろうが買う価値のない(と、私は思う)漫画も沢山あるけど、作家の自己表現する最高のメディアとして描かれた漫画はやっぱ凄い。手塚治虫とか楳図かずおとか。
しりあがり寿のほか誰も、あの絵であの漫画を描くことはできなかっただろうなあ。

老人の槍を拾い、ぼろぼろの紙の兜をかぶり、都会のビル群へ「よし!」と向かっていくサラリーマン。次のページの最後の挿し文、「すべてのドン・キホーテたちへ」
くそー。ファンになってしまった…。
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by lowoolong | 2005-04-14 13:41 | みものききもの
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